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木津川市の文化財
文化財は長い歴史の中で生まれ、育まれ、守り伝えられてきた私たちの貴重な財産です。社寺などの建造物、仏像、絵画、書画、そのほか伝統的行事や祭り、また長い歴史を経て今に残る自然の景観なども文化財に含まれます。
木津川市には、京都府内では京都市に次いで多くの国宝・重要文化財があり、文化財の宝庫といわれています。市内の国指定の文化財(国宝・重要有形文化財・重要無形民族文化財・特別名勝・記念物-史跡)をご紹介いたします。
国指定文化財
区分/分類
名称・所在地
説明
国宝
建造物

海住山寺五重塔

海住山寺
加茂町例幣海住山20

鎌倉時代 健保2(1214) 三間五重塔婆、本瓦葺、高さ17.1m
貞慶の弟子である慈心上人覚真が貞慶一周忌供養に建立したもの。屋外木造五重塔(国宝・重文)では室生寺五重塔に次ぎ二番目に小さい。心柱が初重の天井上から立てられ心礎はありません。裳階(もこし)のある五重塔は、他には奈良の法隆寺があるのみです。

国宝
建造物

浄瑠璃寺三重塔
(九体寺三重塔)

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

藤原時代  三間三重塔婆、桧皮葺 高さ16.08m
治承2年(1178)京都の一条大宮にあった三重塔を解体・移築されたものです。初層内は扉の釈迦八相、四隅の十六羅漢図などと装飾文様で壁面が埋められています。薬師如来像が祀られています。

国宝
建造物

浄瑠璃寺本堂
(九体寺本堂)

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

平安時代(嘉承2年(1107))
九体阿弥陀仏を祀るための横長のお堂。西方浄土へ迎えてくれる阿弥陀仏を西に向かって拝めるよう東向きに建てられ、前面に浄土の池が配置されています。
国宝
美術工芸品
(彫刻)

木造阿弥陀如来坐像
(本尊九体阿弥陀仏)

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

平安時代 九躯、中尊:像高224cm、他:像高138〜145cm
かつて京都には「九体阿弥陀堂」が三十数棟建立されましたが、現在では唯一この浄瑠璃寺のみ現存します。
国宝
美術工芸品
(彫刻)

木造四天王立像

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

平安時代 四躯、像高169〜167cm
増長天・持国天:寺、広目天:東京国立博物館勧告、多聞天:京都国立博物館勧告
藤原期四天王の代表像で、特に全身に施された截金(きりがね)を交えた甘美な彩色は素晴らしい。足の下に踏まれた邪鬼の表情がユーモラスです。
国宝
美術工芸品
(彫刻)

銅造釈迦如来坐像

■蟹満寺
山城町綺田浜36

白鳳時代 像高240cm
奈良薬師寺金堂薬師三尊像と並ぶ古代金銅仏(金メッキの銅像)の最高傑作とされています。このように優秀な仏像でありながらもその由緒、伝来がはっきりしないため、その来歴の謎をめぐって長い間論争が繰り広げられてきましたが、平成17年の調査では、蟹満寺本尊はやはり白鳳創建以来の旧仏であったことが判明しました。

特別名勝・史跡
庭園

浄瑠璃寺庭園

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

photo
藤原時代
梵字の阿字をかたどったといわれる宝池を中心に、西に本堂九体阿弥陀仏を安置し、東に三重塔薬師如来像を祀る浄土式庭園で、当初のままの形を残す希少な庭園です。
重要有形文化財
建造物

相楽神社本殿

相楽神社
相楽清水1

photo
室町時代前期 三間社流造、檜皮葺
建立年代は詳らかでありませんが、様式手法から室町時代初期(南北朝)と見られ、蟇股・手挟・笈形付大瓶束等いずれもよく時代を現しているといえます。また、和様の細部(斗キョウ等)に対し唐様(虹梁等)と大仏様(皿斗)の手法を加えている所など注目すべきものをもっています。
重要有形文化財
建造物

五輪塔

■木津惣墓五輪塔
木津清水

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鎌倉時代 正応5年(1292) 総高3.47m
鎌倉時代、正応5年(1292)に建立された花崗岩製の五輪塔です。惣墓とは、一般大衆のあいだに個人墓が普及していなかった時代の葬礼儀式の形態で、いわゆる共同墓地という意味をもっており、主に大和・山城地方に分布しています。建立年代の判る五輪塔として大変貴重なものです。
重要有形文化財
建造物

海住山寺文殊堂

海住山寺
加茂町例幣海住山20

photo

鎌倉時代前期 寄棟造、銅板葺
木造文殊菩薩坐像、阿弥陀如来坐像を安置。鎌倉時代の建築様式が留められた貴重な建造物です。

重要有形文化財
建造物

岩船寺三重塔

岩船寺
加茂町岩船上ノ門43

photo
室町時代 嘉吉2年(1442) 三間三重塔婆、本瓦葺、高さ20.5m
塔の初層は、高欄のない縁をめぐらし、心柱や四天柱がなく、中央に須弥壇を設けて二本の来迎柱を配置する構造です。隅垂木にはユーモラスな木彫りの天邪鬼(あまのじゃく)が塔を支えています。
重要有形文化財
建造物

岩船寺十三重石塔

岩船寺
加茂町岩船上ノ門43

photo
鎌倉時代後期 石造、高さ6.2m
妙空僧正の造立と伝えられます。切石で造られた方形の基壇から相輪まで完全に残っている貴重なものです。軸石の窪みからは水晶の五輪舎利塔が見つかりました。
重要有形文化財
建造物

岩船寺石室

岩船寺
加茂町岩船上ノ門43

photo
鎌倉時代 応長2(1312) 石造仏龕
寄せ棟造りの石室の奥に火焔を背負う不動明王が立っています。眼病に霊験があるとされています。
重要有形文化財
建造物

岩船寺五輪塔

岩船寺
加茂町岩船上ノ門43

photo
鎌倉時代後期 石造
境内地蔵堂の北側に隣接。反花座を持つ大和系五輪塔で、当尾では最大のものです。
重要有形文化財
建造物

西小五輪塔

■西小墓地五輪塔
加茂町西小長尾

photo
鎌倉時代後期 二基、石造
西小墓地入口の二基で、当初はこの墓地の総供養塔として建てられました。向かって左側の反花座は、側面を三区に分けた格狭間(こうざま)と呼ばれる装飾が入り、右側は反花座のみとなっています。
重要有形文化財
建造物

御霊神社本殿

御霊神社
加茂町兎並寺山41

photo
室町時代前期 三間社流造、檜皮葺
もとは同じ高台にある旧灯明寺の鎮守社だったもので、今は兎並区の氏神として祀られています。旧灯明寺の建造物の内、三重塔と本堂は横浜の三渓園に移築されました。跡地には、江戸時代前期の庫裏と本尊など5体の仏像を安置する収蔵庫が設置され、11月3日には収蔵庫、神社本殿の一般公開が行われます。
重要有形文化財
建造物

千日墓地十三重石塔

■千日墓地十三重塔
加茂町辻三田第25-1
辻墓地(千日墓地)

photo
鎌倉時代 永仁6(1298) 花崗岩、高さ約400cm
千日墓地入口すぐに十三重石塔が建っています。基段には、西側 阿弥陀如来、東側 薬師如来、南側 弥勒菩薩、北側 釈迦如来の4体の仏様が彫られています。
重要有形文化財
建造物

白山神社本殿

白山神社
加茂町岩船上ノ門94

photo
室町時代 嘉吉2(1442)頃
全体の様式は室町時代の特徴を示しています。併設する春日神社は、江戸時代に白山神社にならって復古的に造立されたものです。もとは岩船寺の鎮守社であったといわれていますが、現在では岩船区の氏神として祀られています。毎年10月16日におかげ踊りが奉納されています。
重要有形文化財
建造物

泉橋寺五輪塔

泉橋寺
山城町上狛西下55

photo
室町時代 石造、高さ2.36m
全体が花崗岩で造られ、各部全てが造立当初のものが残っている保存の良さが特筆されます。さらに立派な壇上積基壇に蓮弁を表した台座を据え、最高の荘厳を施していることも類例が少なく貴重です。同寺の地蔵石仏と同様、西大寺流真言律宗の僧侶の関与が推測されています。
重要有形文化財
建造物

神童寺本堂

神童寺
山城町神童子不晴谷112

photo
室町時代 応永13(1406)
古くから奈良の吉野山と密接な関係を持つ修験道の霊地です。開創以来2度の兵火で焼失し、現在の本堂は1406年、興福寺官務懐乗越前公が蔵王堂を再建したものです。
重要有形文化財
建造物

天神社十三重石塔

天神社
山城町神童子不晴谷177

photo
鎌倉時代 建治3(1277) 高さ4.15m 石造
基礎石に年号をはじめとする銘文が刻まれ、造立年代が判明することや、屋根石の一部に欠損はあるが、当初の姿を留めていることが、この石塔の価値を高めています。さらに初層の四面には美しい四方仏が刻まれており、東に薬師如来、南に釈迦如来、西に阿弥陀如来を表すのは通例の形式ですが、一般的に弥勒如来が刻まれる北面は錫杖を持った地蔵菩薩が刻まれており非常に珍しく、地蔵信仰の歴史を考える上でも貴重な存在です。
重要有形文化財
建造物

松尾神社本殿

松尾神社
山城町椿井松尾41

photo

江戸時代 文化5(1808)移転 一間社春日造、檜皮葺「千時文化五戊辰年 松尾御神殿再建春日明神若宮古殿引移奉也」(旧北座文書)天明6(1786)に造営された奈良春日大社若宮本殿をこの地へ移築したものです。

重要有形文化財
建造物

小林家住宅主屋

■小林家住宅
山城町上狛東林1

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江戸時代 寛文5(1665) 切妻造、茅葺
土塀に囲まれた屋敷内の南に長屋門があり、門をくぐると正面に主屋、その後ろに土蔵、左手に小屋と雑納屋を配しています。小林家所蔵の「家之普請合力覚」によると寛文5年(1665)の建立で建築年代の明らかな最上層の農家建築として全国でも最古級のものです。
※一般公開はされていません
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造文殊菩薩坐像

大智寺
木津雲村42-1

鎌倉時代 像高65.2cm、寄木造
弘安(1278-1288)年間に作られたものです。唐風の服をまとい、左手に経巻をのせた蓮華を、右手に宝剣を持ち、左足を垂らし獅子の上の蓮華座に座っています。頭髪群青、肉身部金泥、着衣部は金泥を多用する彩色。白毫・玉眼は当初のものです。

重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造十一面観音立像

大智寺
木津雲村42-1

平安時代 像高109.1cm、一木造
穏やかな表情、腕釧(腕飾り)を一木から刻みだし、体に内刳(うちぐり)もない点に古様が認められます。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造十一面観音立像

法泉寺
相楽才ノ神43

平安時代 像高86.0cm、一木造
細く絞られてスマートな腰、下半身にややぎごちない表現もありますが、面相部や上体のまとまり良く、奥行の浅い体やほとんど衣のひだを作らないところに藤原後期の特色がうかがわれ、顔に多少残る重厚な気分、両肩をいからせた姿など古様な点がみられます。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造十一面観音菩薩立像

海住山寺
加茂町例幣海住山20

平安時代 9世紀末葉〜10世紀初頭 像高45.5cm、檀像、一木造
奈良国立博物館勧告
もともと中興解脱房貞慶が自らの念持仏であったとする仏像。小像ながら、緻密な彫刻がほどこされています。当初より彩色のない檀像として制作された仏像で、化仏の破損が惜しまれます。

重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造十一面観音菩薩立像(本尊)

海住山寺
加茂町例幣海住山20

平安時代(10世紀) 像高167.7cm、一木造
彩色の立像ですが、彩色はほとんどが剥落し現在見られるのは後世の補彩です。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造四天王立像

海住山寺
加茂町例幣海住山20

鎌倉時代 像高35.8〜38.3cm
奈良国立博物館寄託
五重の塔の須彌檀の四方に祀られ、舎利を守護すると云われています。二躯ずつ対をなす本像の形相は、「大仏殿様」と呼ばれます。頭体のバランスが良く、文様や装飾が繊細に描かれ、細蜜な極彩色がよく保存されています。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

厨子入木造吉祥天立像

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

鎌倉時代 建暦2(1212) 像高90cm 檜材割矧造
彩色がよく残る、平安朝風の優雅な像です。美と幸福の女神として知られています。九体阿弥陀中尊の向かって左に安置され、正月、春、秋に開扉される秘仏です。厨子扉は明治初期に流出し、浄瑠璃寺にあるものは模写であるが、鎌倉時代の仏絵画の資料として貴重なものです。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造馬頭観音立像

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

鎌倉時代 仁治2(1241) 像高160.3cm 寄木造
奈良国立博物館勧告
怒りの菩薩、戦う菩薩ともいう馬頭観音像。像内墨書によると仏師は南都巧匠良賢、増金、観慶である。四面に各々三目あり、八臂を持つ。胎内に馬頭観音の小像七十余体と双身毘沙門天像一体、像内経巻が納められている。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造地蔵菩薩立像
(子安地蔵菩薩)

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

平安時代 像高157.6cm 檜材一木造
九体阿弥陀中尊の向かって右に安置。片手に如意宝珠を持ち、一方は与願の印を示す。

重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造薬師如来坐像

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

平安時代 永承2(1047) 像高85.7cm
九体阿弥陀仏より60年前に造顕されたこの寺の元の本尊といわれる。三重塔内に安置され、毎月8日・彼岸の中日・正月三が日に開扉(ただし好天時のみ)される秘仏です。

重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造地蔵菩薩立像
(延命地蔵)

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

平安時代 像高96cm 右手に鈴杖を持たない矢田型
東京国立博物館勧告
蓮華座の上に立ち円い頭光を台座からの支柱が支える美しい像。右手は肘を少し引いて手の平を正面に向け、左手に如意宝珠を載せる。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造不動明王及二童子立像

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

室町時代 応長1(1331) 明王:像高99.5cm、衿羯羅童子:50.7cm、制多迦童子:52.3cm 本堂北端に安置されています。元護摩堂の本尊。向かって右に合掌して西方の夕日に手を合わす、優しい衿羯羅童子。左に知恵の杖を持つ力強い制多迦童子を従えます。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造阿弥陀如来坐像

岩船寺
加茂町岩船上ノ門43

平安時代 天慶9(946) 像高284cm、欅一本造
胎内には経文などの銘文があり、そこに「■■九年丙午九月二日梵字奉書」という銘文があったことから、■■九年=天慶九年、貞観彫刻の重厚さと和様という日本的な美術表現をもつ過渡的な仏像として、美術史上の基準とされる仏像で、紅色の彩色が残る衣が古様を示しています。

重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

厨子入木造普賢菩薩像

岩船寺
加茂町岩船上ノ門43

平安時代 像高39.5cm、象高25cm 樟の一木造
本堂には、普賢菩薩騎象像が厨子に入って安置されています。普賢菩薩像は平安時代に造立されたもので、菩薩像が乗っている白象は後世に補われたものです。厨子は後壁に法花曼陀羅を描いた南北朝時代のもので、永正16(1519)12月遍照院覚忍房を本願とし、大工国定長盛・藤原弥次郎が修理した銘があります。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造十一面観音菩薩坐像

現光寺
加茂町北山ノ上9

鎌倉時代 像高73cm
たいへん珍しい坐像の十一面観音像であると共に、若々しく美しい姿の像です。鎌倉時代初期に造られた像ですが、顔立ちや体つきは、観音寺十一面観音立像と共通する表現で天平時代の観音像を手本とした慶派仏師の作品であることが判ります。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造薬師如来坐像

西明寺
加茂町大野大野27

平安時代 像高86cm、欅一木造
西明寺本尊薬師如来坐像は、台座とも平安時代当初のものです。胎内の銘文から永承2年(1047)9月造立と判明しました。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造薬師如来坐像

高田寺
加茂町高田奥畑54

平安時代 像高86.2cm
近年の修理で保安(1120-1123)の年号と、藤原実方の歌が台座裏に墨書されていることが発見され、専門家の中でも大きな話題をよびました。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造愛染明王坐像

神童寺
山城町神童子不晴谷112

平安時代 像高64cm 寄木造
円形の光背や、束が宝瓶という当時の形式を残す貴重なものです。現在は古色を呈していますが、当初は赤を中心に華麗な彩色が施されていました。腕6本がバランスよくまとめられ、二本の腕に持つ弓と矢は天に向かって矢を射る姿をしており「天弓愛染」と呼ばれ、全国に三体しかない貴重なものです。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造不動明王立像

神童寺
山城町神童子不晴谷112

平安時代 像高162cm 寄木造
どこかユーモラスな雰囲気をたたえ、訪れる参拝者にも人気が高く研究者にもよく知られています。一般的な不動明王と様子の異なるこの不動明王は、園城寺の「黄不動」画像を彫像されたもので大変珍しく、国宝・重文の約100体の不動明王像の中でもこのようなお姿の像は4体のみです。光背の裏に毘沙門天が描かれ、平安時代の貴重な絵画資料です。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造阿弥陀如来坐像

神童寺
山城町神童子不晴谷112

平安時代 像高136cm 寄木造
平等院や浄瑠璃寺と同じ「定朝様」形式。右手を前に上げ、左手を膝の上に置き、両手とも親指と人差し指で輪をつくる「来迎印」を結んでいます。これは阿弥陀如来が極楽浄土から往生者を迎えに来る様を現したものです。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造毘沙門天立像

神童寺
山城町神童子不晴谷112

平安時代 像高135cm 寄木造
四方を守護する四天王のうち、北方の守護神である多聞天は、単独で信仰されることも多く、そのときには毘沙門天と呼ばれます。一般的な毘沙門天に比べ、動きの少ない安定した姿、怒りの表現も控えめで、優美さを求めた当時の趣向を伺うことができます。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造日光月光菩薩立像

神童寺
山城町神童子不晴谷112

平安時代 日光(左):10世紀 像高162cm 一木造、月光(右):11世紀 像高171cm 寄木造
日光菩薩像は、両腕を体に密着させほぼ直立します。お顔も顎が張った下膨れで神秘的な趣きがあり、衣の花模様に、当時の美しい彩色が想像されます。様子が異なり月光菩薩像は、自然な立ち姿で、顔幅が広く穏やかな表情です。造立された時代の違いがよく現れています。
重要有形文化財
美術工芸品
(彫刻)

木造伎楽面

神童寺
山城町神童子不晴谷112

鎌倉時代 建久7(1196) 縦32.4cm
奈良国立博物館寄託
東大寺に伝わる康慶の銘がある伎楽面と年月日が同文同筆であり、康慶の作とほぼ認められています。天平の伎楽面を典拠に、鎌倉時代の表現様式をもって制作されたものです。
重要有形文化財
美術工芸品
(絵画)

絹本著色法華経曼荼羅図

海住山寺
加茂町例幣海住山20

鎌倉時代初期 縦147.5×横133.4cm
京都国立博物館承認
法華曼荼羅は、多宝・釈迦二仏をはじめ諸尊を密教教理の上から体系化し、配置した曼荼羅で、息災を祈念して行われる法華経法に用いられました。
重要有形文化財
美術工芸品
(絵画)

三重塔初重壁画十六羅漢像

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

平安時代 板絵著色
釈迦の命により、この世に長くいて正法を守り、衆生(しゅじょう)を導く16人の大阿羅漢。日本の十六羅漢画像には漢画系と大和絵系があり、浄瑠璃寺の作品は斑鳩寺本の系統で、平安時代十六羅漢図の数少ない遺例です。
重要有形文化財
美術工芸品
(絵画)

絹本著色仏涅槃図

常念寺
加茂町里小田22

鎌倉時代
釈迦入滅の光景を描いた絵画で、涅槃会で掲げられてきました。本図はもと河内国若江郡某寺に伝わり、寛正三年山城国相楽郡賀茂庄の興法院へ施入されたことが裏書によって知られ、その後常念寺の有に帰したものです。
重要有形文化財
美術工芸品
(書)

海住山寺文書

海住山寺
加茂町例幣海住山20

鎌倉〜室町時代 24通・16巻
京都国立博物館寄託
鎌倉・室町時代の二十四通で、貞慶自筆の仏舎利安置状・修正神名帳・加判の五ケ条起請文を含みます。
重要有形文化財
美術工芸品
(書)

浄瑠璃寺流記事

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

南北朝時代 縦29.3×横21.5cm 附:浄瑠璃寺縁起一巻
浄瑠璃寺の歴史を記したもので、体裁は袋綴装、料紙には貞和二年(1347)から同三年の法華法等著到の紙背に天地に押界を施して用いています。創建以来の変遷とその規模を伝える唯一の資料として貴重なものです。
重要有形文化財
美術工芸品
(工芸)

石燈籠(二基)

浄瑠璃寺
加茂町西小札場40

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本堂前石燈籠
一基(塔前):南北朝時代 貞治5(1366)、一基(本堂前):南北朝時代
本堂前のものは、典型的な六角型大和系の燈籠です。本来は本堂寄りにあったものを、後の改築時に現在の場所に移されたことが発掘調査により明らかにされました。塔前のものは、本堂前のものと同じ形式ですが、各部のバランスがよく、蓮弁などの彫刻にも優れ、この時期の名品とされています。
記念物
史跡

奈良山瓦窯跡

■木津川市・奈良市

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奈良時代
京都と奈良の境にある奈良山丘陵は瓦に必要な粘土や燃料に恵まれ、瓦の一大拠点となりました。木津川市では音如ヶ谷、鹿背山、市坂、梅谷の4ヶ所の瓦窯跡が、歌姫瓦窯跡(奈良市)を含め、総面積約3万8千m2の「奈良山瓦窯跡」として指定されています。

記念物
史跡

石のカラト古墳

■兜台2・奈良市神功

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奈良時代
木津川市と奈良市の境の丘陵緩傾斜面に築造された上円下方墳。下の方形部は、一辺13.8m・高さ1.36m、上の円形部は、径9.2m・高さ1.55m、横口式石室を内部主体としています。立地から平城京遷都に関係する皇族の墓ではないかといわれています。

記念物
史跡

恭仁宮跡(山城国分寺跡)

■加茂町例幣・河原他

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奈良時代
聖武天皇が天平12年(740)に木津川市加茂町に置いた都城です。あしかけ5年と短い期間でしたが大仏造立の詔、墾田永年私財法の発布などがあり、歴史上極めて重要な時期であったといえます。廃都後山城国分寺が跡地に営まれました。現在は大極殿礎石と七重塔礎石が残っています。
記念物
史跡

高麗寺跡

■山城町上狛

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飛鳥時代
京都府内最古の古代寺院で、高句麗からの渡来氏族狛(高麗)氏の氏寺として創建されたと考えられています。伽藍は南面し、西に金堂、東に塔、北に講堂を配置する法起寺式伽藍配置となっています。
記念物
史跡

椿井大塚山古墳

■山城町椿井三階

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古墳時代前期初頭 前方後円墳
全長175m、昭和28年JR奈良線の拡幅工事により石室が発見されました。竪穴式石室に割竹形木棺が収められていました。邪馬台国の貞応卑弥呼の鏡とも呼ばれる「三角縁神獣鏡」三十数面を含む中国鏡や多くの副葬品が出土され、全国的に大きな注目を集めました。
重要無形
民俗文化財

涌出宮の宮座行事

涌出宮
山城町平尾・綺田

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近畿地方で行われる宮座行事の中でも、氏神祭祀の古風な儀礼をよく保存しています。天下の奇祭として有名な「いごもり祭」をはじめ「女座の祭」「アーエーの相撲」「百味御食」などが行われています。

 
 
<取材および参考文献:各社寺パンフレット・京都の仏像(淡交社)・広報記事など>
 
 
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