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山背古道
山背古道マップをダウンロードできます。

山背古道は京都府南部の城陽市・井手町・木津川市の3つの市町にまたがり、京都と奈良を結ぶ全長約25kmの散策道です。南山城の山ぎわをゆるやかにうねるように続くこの小径には、JR奈良線と木津川がほぼ並行し、周辺には遺跡や文化財をはじめ豊かな自然、どこか懐かしい風景が息づいています。
ここでは、木津川市内のお勧めスポットを入れた約12kmのコースをご紹介します。穏やかな里山や田園風景を眺めながらウォーキングをお楽しみください。

【出発する前に…】
○靴は履きなれた歩きやすい靴でおでかけください。
○飲食店はほとんどありません。
 お弁当を食べるスポットはたくさん!お弁当と飲み物をお持ちください。
○ゴミ袋持参で、持ち帰りをお願いします。
★詳細地図「山背古道探検地図」(350円)を協会にて販売しております。

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上人ヶ平遺跡

【所在地】木津川市州見台8丁目1
上人ヶ平遺跡公園とそれに併設する市坂瓦窯跡は、平城京造営にとって重要な役割を担った奈良山丘陵の瓦窯跡群の中核遺跡として地下保存され、2009年 22,500m2の土地が遺跡公園として整備・公開されました。奈良山瓦窯跡の一つとして国の史跡に指定されています。

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岡田国神社リンク

【所在地】木津川市木津大谷1
旧社殿は室町時代の惣の社の姿を伝える重要なものとして京都府登録文化財、神社の森は京都府文化財環境保全地区となっています。
【歳時】木津御輿祭り 10月第四週の土日
100名前後の担ぎ手による布団神輿祭がおこなわれます。文化3年(1806)以降に、木津本郷での祭りを木津祭りと称すようになったといわれています。幕末のころには7基あったという神輿は現在は5基で、御靈神社、岡田国神社に宮入り(拝殿廻り)します。

ちょっと寄り道 ■花野果市(農産物直売所)9:30〜17:00 TEL:0774-72-0080
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惣墓五輪塔

【所在地】木津川市木津清水
鎌倉時代、正応5年(1292)に建立された、高さ3.6m、花崗岩製の五輪塔です。
惣墓とは、一般大衆のあいだに個人墓が普及していなかった時代の葬礼儀式の一形態で、いわゆる共同墓地という意味をもっており、主に大和・山城地方に分布しています。
水輪にキリーク(梵字)が彫刻され、地輪東面に正応五年の造立銘、北面に永仁四年(1296)、南面に永禄五年 (1563)の追刻銘がみられます。建立年代の判る五輪塔として貴重なもので国指定重要文化財となっています。

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大智寺リンク

【所在地】木津川市木津雲村42-1
本尊の文殊菩薩と十一面観音は重要文化財、本堂・庫裏・鐘楼堂・山門・附石造十三重塔は京都府登録有形文化財に指定されています。建築は京の宮大工による質の高いもので、これだけの伽藍は当時(江戸中期)の建造物としては珍しいものです。春には桜の古木が咲き誇ります。

 

ちょっと寄り道

■安福寺
【所在地】木津川市木津宮ノ裏274
本尊の「阿弥陀如来像」は東大寺・興福寺を焼き打ちにした平重衡が文治元年(1185)6月、木津川河原で最後に拝んだ引導仏と伝えられています。本堂は村人が平重衡を哀れんだので「哀堂(あわんどう)」と呼ばれており、200〜300 年後重衡を埋葬した場所に現在の十三重石塔が建てられたと言われています。春には桜の古木がライトアップされます。

■ならずの柿・首洗池
この世の名残に柿を食べた重衡を哀れに思った里人がその柿の種を植えたところ実の成らない柿の木になりました。「不成(ならずの)柿」と呼ばれたその木も今は代替わりし、秋になると小さな実が沢山成ります。
また「不成柿」の近くには、重衡の首を洗ったと言われる「首洗池」があります。 いずれも安福寺の西で、今は木津川堤防と JR線の脇にひっそりとあります。

■たんぽぽグループ(農産物直売所)
場所:御霊神社前 毎週水・土  8:30〜12:00

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泉橋寺リンク

【所在地】木津川市山城町上狛西下55
奈良時代の高僧行基が、天平十二年(740)に開いた泉橋院(発菩薩院 ほつぼさついん)、隆福尼院(りゅうふくにいん)を前身とする寺院で、行基創建四十九院の一つと言われています。境内にある五輪塔は国の重要文化財に指定され、地蔵堂跡に露仏として鎮座する石造地蔵菩薩坐像は、鎌倉時代に造られたもので、高さ 4.58mあり日本一の石地蔵として有名です。
【歳時】地蔵祭り 7月23日

ちょっと寄り道 ■やましろふれあい朝市
 場所:JA上狛事業所跡地 毎週第四土曜日 9:00〜11:00
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茶問屋街

【所在地】木津川市山城町上狛
南山城地方では、幕末からお茶の栽培が盛んになり、上狛地区では最盛期に約120件の茶問屋が営まれ「東神戸」と呼ばれるほど賑わいを見せました。現在もこの地区には約40件の茶問屋が軒を連ね、「茶問屋ストリート」とも呼ばれています。平成16年には、山城茶業組合創業120周年を記念して、山城茶業之碑が建てられました。その歴史的面影と、かすかに茶の香に包まれた街並みを楽しんでください。

小林家住宅

【所在地】木津川市山城町上狛東林1
寛文5年(1665)に建築されたもので、南山城地域では最古の民家建築です。土間と座敷からなり、座敷はほぼ田の字型で、これは当地で最も一般的な農家の間取りです。また、小林家住宅主屋は平成15年に国の重要文化財に指定されました。

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椿井大塚山古墳

【所在地】木津川市山城町椿井三階・大平
山城町の中央部にたたずむ椿井大塚山古墳は、古墳時代前期(三世紀後半)のなかでも最古に位置づけられる代表的な前方後円墳です。昭和28年、古墳の後円部を南北に走る国鉄奈良線(現在のJR奈良線)の法面拡幅工事が行われた際に、偶然にも竪穴式石室が発見されました。その後の発掘調査で、石室内からは、邪馬台国の女王卑弥呼の鏡とも呼ばれる「三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)」三十数面を含む四十面近い銅鏡や多くの副葬品が出土し、全国的に大きな注目を集めました。
この発見から半世紀、平成12年には、日本の歴史上の重要な文化財として、国史跡に指定されました。

ちょっと寄り道 ■アスピアやましろ
【所在地】木津川市山城町平尾前田24 TEL:0774-86-5851
椿井大塚山古墳から出土された、邪馬台国の女王卑弥呼の鏡とされる「三角縁神獣鏡」のレプリカが展示されています。
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涌出宮リンク

【所在地】木津川市山城町平尾里屋敷54
創建は称徳天皇の天平神護二年(766)に、伊勢国度会郡五十鈴川の畔より御祭神としてこの地に勧進したといわれています。本殿・拝殿は府登録有形文化財(元禄期)。本殿棟札12枚は府登録有形文化財。宮座行事は国指定・重要無形民俗文化財(昭和60年)に指定されています。
2月の「いごもり祭」は大松明を燃す天下の奇祭として有名ですが、おもしろいことに木津川対岸の祝園神社(精華町)にも同じ「いごもり祭」があります。伝説では、大和朝廷と戦い敗北した武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと)が斬首された時、首は川を越え祝園まで飛び、胴体は棚倉に残ったといわれます。この逸話が、両神社にて共通の行事を行う所以という説もあり、松明も涌出宮のものは武埴安彦命の身体を、祝園神社のものは頭部を表わすといわれています。
境内はイチイガシの古木に包まれ、「環境保全地区」に指定されています。境内地からは竪穴式住居跡、弥生土器や石器が出土しており、弥生時代中期全般の遺跡でもあります。
【歳時】2月 居籠まつり 2月 女座の祭り

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蟹満寺・綺原神社

●蟹満寺 リンク
【所在地】木津川市山城町綺田浜36
寺の名前は蟹幡(かむはた)郷という美称である「神(カム)」と織物を意味する「幡(ハタ)」からなる地名に由来。この地は古代には渡来系民族で織物にたずさわる人が多く住んでいたようで、白鳳時代末期に国家かそれに準ずる豪族によって建てられたと考えられています。平安時代以降は、今昔物語集に出てくる「蟹の恩返し」縁起で有名になりました。本堂は宝暦9年(1759)に建て替えられ以降そのまま250年間経ち、このたび改築されて平成22年 4月落慶法要が営まれました。
本堂中央の釈迦如来像(国宝)は創建当時より不動であることが、平成二年の調査結果でわかりました。
【歳時】蟹供養放生会  4月第三日曜日

●綺原神社 リンク
【所在地】木津川市山城町綺田山際16
祭神は「タテイナダヒメ」です。神に献ずる衣服を織る技術者及び養蚕技術者を祀った社とも言われており、綺氏一族(秦氏一族)の創起だと言われています。現在は、天神社と八王子社をおまつりしています。
【歳時】綺原秋祭り 10月第二土曜

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高倉神社(以仁王御墓)リンク

【所在地】木津川市山城町綺田神ノ木48
高倉神社は、平安時代末期(12世紀)の後白河法皇の第二皇子以仁王(もちひとおう)を祀る神社で、隣接して以仁王の御墓があります。『平家物語』によると以仁王は、治承4年(1180) に平清盛とその一族の追討を命じる令旨を諸国の源氏勢力にあてて出しました。このことが露見したため平家に追われた王は、南都の興福寺をたよって都を落ちる途中、この地つまり「光明山寺の鳥居の前」で流れ矢に当たって落命されたとあります。後に王の御霊を祀ったのが、この神社の起こりです。
付近には、王落命の祈りに仏事を営んだとされる阿弥陀寺や、都を落ちる王に従って宇治橋の合戦で活躍した筒井浄妙の墓と伝える塚(浄妙塚)があります。なお、現在、以仁王の御墓と浄妙塚は宮内庁が管理しています。

※(参考)現地碑文および、当時新聞掲載文、現地説明会資料など

 

 
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